《コロナ禍以後》自分と向き合い自信を取り戻す方法【久瑠あさ美メンタルトレーニング】実践編
久瑠あさ美の「コロナ禍以後をいかに生きるか」Vol.6
■久瑠先生による講評
久瑠:まずひとつ体験してみること、やってみることが、すごく大事なんです。
前回の最後に課題を出した瞬間から、甲斐荘さんは潜在意識でも「やる」って決まっていたんですね。
一方の鈴木編集長は、「まあ、甲斐荘さんがやるでしょう」とどこかで思いながら、「え、俺やるの?」と口では言いつつも結局は「やる」ところに至ったんです。
ちゃんと、「やらない」か「やるか」でいうと「やったほうがいい」と分かっているんですよ。「この状況は、もう自分がやったほうがいい場面だろう」ということで、一応決意したはずなんです。
鈴木:うんうん、そうだったのかもしれません。
久瑠:この日常次元の決意、言いかえると「社会人的な決意」ですね。会社から「ちゃんと提出期限までにやってくださいね」と言われたり、そういう要請に応じてことを進めていく場面って、ありますよね。
その時、最初からそれを「want」でやる人もいますが、一方で「have to」でやる人もいます。「やりたいからやる」と「やりたくないけど、しょうがないからやる」の違いです。社会人であれば多くの場合、「なんかめんどくさそうだな」とか思っても、一応素直な返事はするんです。
で、やるかどうか脳内でつべこべ言うんだけれども、実行できるかどうかっていうのは結局、9割の潜在意識がいかなる状況においても「やる」って決まってる人なんですよ。
鈴木:うん。
久瑠:「やる」と決めた甲斐荘さんも、尻込みしていた鈴木さんも、潜在意識ではちゃんと「やる!」と決意していたわけなんです。
■課題への向き合い方は人それぞれ違う
久瑠:今回のお二人のワークは、すごくいい事例を生み出しています。甲斐荘さんは、「初めから「やる」と決まった人」ですし、それに「やろうと努めようとした」鈴木さんが対比になっている。このパターンから始まったことは想定内の結果なんです。
鈴木:うん。(つまり、私の行動パターン、バレてたか……)
久瑠:結局は、課題を提出していればまずはそれでいいんです。但し、ワークを通じて「自分なりに実感してみよう」という方向に、無意識にも引き寄せられているとするならば、一番ポジティブに、テンションが上ったところで「まずやってみる」という甲斐荘さんの向き合い方は、すごく希少価値の高い経験となるんです。なぜなら、それによって最大限の効果を引き出せるからです。
根底から変えるワークに取り組む時には、最初の一歩が重要なんです。緩やかな上昇ではなく、急激なカーブを描く上昇を生み出すことが出来るからです。
今回、甲斐荘さんの取り組み方は「ワークをちゃんとやろうとしている」っていうところで、結果がちゃんと出るんですね。やってみてどう感じたかも含めて、みんなの参考になるような結果も出ていて、お手本的にすごくいいトレーニングの向き合い方ですよね。「成績を出す」とか「成果を着実なものにしたい」といった人には特におすすめの在り方です。
甲斐荘:(やったー!!!)
久瑠:甲斐荘さんも仰ったように、最初の10個までは、とにかく「やる」ってトコトン決めているから勢い良く書き出せる。けれど人間は、いざ「書く」ってなると、やっぱり、脳で考えてしまうんですよね。言語を使う、活字を書いていくことを、実際にやってもらう。初めは今までの脳の使い方で書こうとするでしょうが、今回のこの「300個書き出す」ワークにおいては、向き合う方のマインドを「ちょっと違う次元」に持って行きたいんですね。「自らの想定外の領域」に無意識に引き上げられていく。そのために、「自分が知っている自分」に対して、「その向こうの自分」を呼び覚ますために、無茶とも思える「300個書いてください」っていうワークをやってもらったんですね。
だから、「300個書いてください」って言って、「はい分かりました」ってなんの躊躇もなく言えるのは、むしろコンピューターのような脳なんです。
甲斐荘:(え、僕がコンピューターってどういうこと?!)
久瑠:とても有能であり、感情に振り回されたり、調子の波にのったりもしない。だから間違いは起こしようがない……でも、それは果たして本当でしょうか。人間である以上、その波に呑まれることって実は誰にだってあるはずです。
鈴木:まさにそうですよね。(課題が出た瞬間、その波がおしよせました)
久瑠:逆に「 感情で動いている人間」は、ワークを出されたら当然、とんでもない想定外の数字に「うわあ、300ってどういうことだ」って驚きますね。
甲斐荘:(そういえば、僕はあまり驚かなかったな……)
久瑠:「そんなの無理!」「絶対自分にできっこない」と、まず自分の概念で捉えるんです。だからそこで「あーだ、こーだ」と、やるかどうかの葛藤がる。「やったほう」がいいとわかっていても、自分なりに自問自答する。肝心なときほどそれは強固なブロックとなり、無自覚な自己防衛が起こる。人間はそうやって無意識に自分の都合を主張するんですね。ただそれが起こらなかったというのもひとつ見ていかないといけないけれど…それがどこでどう処理されているのかを(甲斐荘さんにおいても)……人間の心というものは非常に繊細な精密機器のようにたとえていただくとイメージしやすいかもしれません。それぞれの脳で非常に精密な情報処理を日々行っているんです。それは一人一人違うし、その都度変化もする。性能が良ければなおさらです。
だから、「1日あたり何個ずつやっていけばいい」って計画を立てる甲斐荘さんみたいなタイプもいると思うし、「やれる時はこの日しかないから、ここで集中してやろう」と火事場の馬鹿力を出す鈴木さんみたいなタイプもいるでしょう。
鈴木さんのようなやり方では一般には目的を見失って漂流してしまいます。ですからお薦めはしませんが、鈴木さんはむしろピンチを糧にして、エネルギーを出し切った。ジャンキーというか、これも鈴木さんらしい生き様ですよね。
そこには「自分なりに」というシステムが組み込まれているんです。そうした無自覚につくりだされた自己フレームが絡み合っているイメージです。
そこで、その無自覚な自己フレームのなかで不必要なものを一度棚卸しし、新たなシステムへと再生させるために、私が設計する潜在能力を引き出す一連のトレーニングでは「自分なり」のフレームを外していきます。
「フレーム」を外す第一歩は、まずは「ワーク」です。ワークというハードルに向き合ったとき、自らの内側に何が生じるか。そこから「新たな自分」の創造が始まります。
課題が出た瞬間にそれをどう受け止めるかは、人それぞれに違う。そこに無自覚に潜む「何か」が現れる……だからこそこのトレーニングは潜在的な、「まだ自分では気づけていない新たな自分」を掘り起こしていけるのです。